~ホームページをご覧頂いた方~
新緑が眩しい季節となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。
こんな時だからこそ、
一枚の絵を眺めて、日々の生活が癒やされれば良いですね。
『 画廊は、敷居は高いが、でも癒やされる 』
そんな画廊が、だいこく画廊です。
是非一度、ご来廊してみて下さい!
満足して頂けます。
こんな時だからこそ、絵を眺めるも良し、話をするも良し、ストレス
解消するも良し、そんな場所にして頂き少しでも明るい気持ちでお過ご
し頂ければと思います。くれぐれも無理をせずご自愛下さい。
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おかげさまです
《創業22年!大感謝祭》 20~60%引き!
~掛軸・日本画・洋画・版画・彫塑名品展~
会期 7月末まで 午前10時~午後5時
会場 有限会社だいこく画廊 ギャラリー内
気になる作品・価格の値引きなど、お気軽にお問い合わせ下さい。
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滝沢具幸 『 原 野 』 40号 岩彩
絵寸法 100.0cm×80.3cm 額寸法 123.0cm×103.0cm
昭和16年(1941) 飯田市生まれ。
東京芸術大学大学院修了。
第23回新制作協会日本画部新作家賞。
第1回創画展創画会賞。
第1回東京春季創画展春季展賞。
第3回東京春季創画展春季展賞。創画会会員。
第17回MOA美術館岡田茂吉賞。
第8回山種美術館賞展優秀賞。
飯田美術博物館館長歴任。武蔵美教授。

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佐々木 裕而
昭和26年(1951)~令和5年(2023)71歳没。
北海道出身。安宅賞受賞(芸大学内賞)・東京芸術大学大学院専攻終了。
グループ展、双美会展・行人社展に出品(以後毎回)。
新宿住友ビルミニチュア日本画大賞展・住友ビル賞受賞。
東京セントラル美術館日本画大賞展出品。東京資生堂ギャラリーで個展。
高島屋日本橋店で個展。東京セントラル美術館日本画大賞展招待出品。
栗田美術館で個展。増上寺天井画制作。
日本経済新聞ファミリーカレンダー原画。
ロシア日本の美展。東日本大震災復興チャリティー・アート展。
『早暁凍蹊 』 30号 岩彩
2005年 日本橋三越本店個展 出展作品(NO.4)
絵寸法 90.3cm×60.5cm 額寸法 112.8cm×82.6cm

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児玉三鈴 『孔雀』 12号 岩彩
絵寸法 60.6cm×45.5cm 額寸法 79.1cm×64.0cm
大正4年(1915)~平成14年(2002) 87歳歿。
坂城町に生まれる。日府展理事長。
元、青龍社社人、川端龍子に師事する。
第12回展で文部大臣賞、山種賞を受賞する。
昭和47年(1972) 紺綬褒章を受章。
昭和61年(1986) 勲四等瑞宝章を受章。

児玉三鈴 『暁岳』 12号 岩彩
絵寸法 60.7cm×46.0cm 額寸法 83.8cm×68.6cm

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池上秀畝作品
明治7年(1874)~昭和19年(1944)70歳歿
伊那市高遠に紙商兼小間物屋の次男として生れる。本名は國三郎。
祖父池上休柳は、高遠藩・御用絵師に狩野派を学び、慶応2年には自らの画論『松柳問答』を刊行。
父池上秀華も、岡本豊彦から四条派を学び、祖父と同様、俳句や短歌を詠み、茶道や華道に凝る。
秀畝が口述筆記させた自伝では、生まれた時からこのような環境だったので、絵の描き方を自然に覚えたと語っている。
明治21年頃には、自ら「國山」の号を用いる。明治22年、15歳で小学校を卒業後、父と共に上京。
瀧和亭、川辺御楯を訪ねるが父は気に入らず、当時無名だった荒木寛畝の最初の門人・内弟子となり文人画を学ぶ。
一時は洋画も研究する。明治39年、同じ門下生の大岡豊子(緑畝)と結婚。
明治40年正派同志会第1回展で二等銀牌、翌年の文展で初入選。
3年連続で文展特選。大正8年、帝展で無鑑査。昭和8年、帝展審査員。伝神洞画塾を主宰し後進の指導に尽力。
晩年になっても力作を次々と発表。
昭和25年、伊那公園に、池上家三代の絵師を顕彰する『画人三代碑』が建てられた。
池上秀畝 『赤壁夜遊図』 尺五寸行灯 絹本 共箱

池上秀畝 『柏に叭叭鳥図』 半切 紙本
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中島章光(陵堂) 『桜花美人図』 茶掛け 絹本
絵寸法 65.3cm×53.7cm 軸寸法 81.2cm×158.0cm
明治37年(1904)~昭和38年(1963) 71歳歿
上伊那郡高遠町(現・伊那市)出身。本名は孝平。歴史人物画を得意とした。
呉服商で図案を描いて生計を立て、日本画家の蔦谷龍岬に大和絵を学んだ。
昭和2年、第8回帝展で「晩秋」が初入選。
昭和8年に龍岬が死去後、前田青邨に師事。
昭和15年に大礼記念京都美術館で開催された日本画大展覧会では、「雲と防人」が大毎・東日賞を受賞。
昭和16年の第4回新文展では「撃て」が特選。
昭和22年の第3回日展では「像造」が特選。
戦後には大仏次郎著『乞食大将』、吉川英治著『太閤記』、井上靖著『風と雲と砦』『真田軍記』『風林火山』に挿絵を描いたり、
黒澤明監督の映画『七人の侍』で衣装考証を担当したり、歌舞伎「新忠臣蔵」で舞台装置を製作するなど、芸術界で幅広く活躍した。
『七人の侍』では第29回アカデミー賞で衣裳デザイン賞にノミネートされている。
高遠にある菩提寺の建福寺へ、昭和25年に第6回日展に出品した『薬師』を寄贈。
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新緑が眩しい季節となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。
こんな時だからこそ、
一枚の絵を眺めて、日々の生活が癒やされれば良いですね。
『 画廊は、敷居は高いが、でも癒やされる 』
そんな画廊が、だいこく画廊です。
是非一度、ご来廊してみて下さい!
満足して頂けます。
こんな時だからこそ、絵を眺めるも良し、話をするも良し、ストレス
解消するも良し、そんな場所にして頂き少しでも明るい気持ちでお過ご
し頂ければと思います。くれぐれも無理をせずご自愛下さい。
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おかげさまです
《創業22年!大感謝祭》 20~60%引き!
~掛軸・日本画・洋画・版画・彫塑名品展~
会期 7月末まで 午前10時~午後5時
会場 有限会社だいこく画廊 ギャラリー内
気になる作品・価格の値引きなど、お気軽にお問い合わせ下さい。
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滝沢具幸 『 原 野 』 40号 岩彩
絵寸法 100.0cm×80.3cm 額寸法 123.0cm×103.0cm
昭和16年(1941) 飯田市生まれ。
東京芸術大学大学院修了。
第23回新制作協会日本画部新作家賞。
第1回創画展創画会賞。
第1回東京春季創画展春季展賞。
第3回東京春季創画展春季展賞。創画会会員。
第17回MOA美術館岡田茂吉賞。
第8回山種美術館賞展優秀賞。
飯田美術博物館館長歴任。武蔵美教授。
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佐々木 裕而
昭和26年(1951)~令和5年(2023)71歳没。
北海道出身。安宅賞受賞(芸大学内賞)・東京芸術大学大学院専攻終了。
グループ展、双美会展・行人社展に出品(以後毎回)。
新宿住友ビルミニチュア日本画大賞展・住友ビル賞受賞。
東京セントラル美術館日本画大賞展出品。東京資生堂ギャラリーで個展。
高島屋日本橋店で個展。東京セントラル美術館日本画大賞展招待出品。
栗田美術館で個展。増上寺天井画制作。
日本経済新聞ファミリーカレンダー原画。
ロシア日本の美展。東日本大震災復興チャリティー・アート展。
『早暁凍蹊 』 30号 岩彩
2005年 日本橋三越本店個展 出展作品(NO.4)
絵寸法 90.3cm×60.5cm 額寸法 112.8cm×82.6cm
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児玉三鈴 『孔雀』 12号 岩彩
絵寸法 60.6cm×45.5cm 額寸法 79.1cm×64.0cm
大正4年(1915)~平成14年(2002) 87歳歿。
坂城町に生まれる。日府展理事長。
元、青龍社社人、川端龍子に師事する。
第12回展で文部大臣賞、山種賞を受賞する。
昭和47年(1972) 紺綬褒章を受章。
昭和61年(1986) 勲四等瑞宝章を受章。
児玉三鈴 『暁岳』 12号 岩彩
絵寸法 60.7cm×46.0cm 額寸法 83.8cm×68.6cm
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池上秀畝作品
明治7年(1874)~昭和19年(1944)70歳歿
伊那市高遠に紙商兼小間物屋の次男として生れる。本名は國三郎。
祖父池上休柳は、高遠藩・御用絵師に狩野派を学び、慶応2年には自らの画論『松柳問答』を刊行。
父池上秀華も、岡本豊彦から四条派を学び、祖父と同様、俳句や短歌を詠み、茶道や華道に凝る。
秀畝が口述筆記させた自伝では、生まれた時からこのような環境だったので、絵の描き方を自然に覚えたと語っている。
明治21年頃には、自ら「國山」の号を用いる。明治22年、15歳で小学校を卒業後、父と共に上京。
瀧和亭、川辺御楯を訪ねるが父は気に入らず、当時無名だった荒木寛畝の最初の門人・内弟子となり文人画を学ぶ。
一時は洋画も研究する。明治39年、同じ門下生の大岡豊子(緑畝)と結婚。
明治40年正派同志会第1回展で二等銀牌、翌年の文展で初入選。
3年連続で文展特選。大正8年、帝展で無鑑査。昭和8年、帝展審査員。伝神洞画塾を主宰し後進の指導に尽力。
晩年になっても力作を次々と発表。
昭和25年、伊那公園に、池上家三代の絵師を顕彰する『画人三代碑』が建てられた。
池上秀畝 『赤壁夜遊図』 尺五寸行灯 絹本 共箱
池上秀畝 『柏に叭叭鳥図』 半切 紙本
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中島章光(陵堂) 『桜花美人図』 茶掛け 絹本
絵寸法 65.3cm×53.7cm 軸寸法 81.2cm×158.0cm
明治37年(1904)~昭和38年(1963) 71歳歿
上伊那郡高遠町(現・伊那市)出身。本名は孝平。歴史人物画を得意とした。
呉服商で図案を描いて生計を立て、日本画家の蔦谷龍岬に大和絵を学んだ。
昭和2年、第8回帝展で「晩秋」が初入選。
昭和8年に龍岬が死去後、前田青邨に師事。
昭和15年に大礼記念京都美術館で開催された日本画大展覧会では、「雲と防人」が大毎・東日賞を受賞。
昭和16年の第4回新文展では「撃て」が特選。
昭和22年の第3回日展では「像造」が特選。
戦後には大仏次郎著『乞食大将』、吉川英治著『太閤記』、井上靖著『風と雲と砦』『真田軍記』『風林火山』に挿絵を描いたり、
黒澤明監督の映画『七人の侍』で衣装考証を担当したり、歌舞伎「新忠臣蔵」で舞台装置を製作するなど、芸術界で幅広く活躍した。
『七人の侍』では第29回アカデミー賞で衣裳デザイン賞にノミネートされている。
高遠にある菩提寺の建福寺へ、昭和25年に第6回日展に出品した『薬師』を寄贈。
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