ホームページにリンク
~ホームページをご覧頂いた方~

新緑が眩しい季節となり、いかがお過ごしでしょうか。
こんな機会に、
一枚の絵を眺めて、心が癒やされれば良いですね。




 『 画廊は、敷居は高いが、でも癒やされる 』
        そんな画廊が、だいこく画廊です。

  是非一度、ご来廊してみて下さい!

  満足して頂けます。
      

 こんな時だからこそ、絵を眺めるも良し、話をするも良し、ストレス
消するも良し、そんな場所にして頂き少しでも明るい気持ちでお過ご
頂ければと思います。くれぐれも無理をせずご自愛下さい。



***********************************************************






      ~お得意様だけの企画~ 在庫一掃特別価格!

      特別な2日間『日本画・掛軸・洋画・彫塑名品展』

 
  会期  6月13日(土)~14日(日)  午前10時~午後5時

  会場  有限会社だいこく画廊 ギャラリー内

  

気になる作品・価格の値引きなど、お気軽にお問い合わせ下さい。

*************************************************************

 川合玉堂「鶺鴒」 紙本 半切 共箱
            
  絵寸法 30.7cm×127.0cm  軸寸法 44.0cm×208.0cm

明治6年(1873)~昭和32年(1957) 85歳歿
愛知県の筆墨紙商に生まれる。
明治14年、一家は岐阜市に移住。四条派・望月玉泉の門、「玉舟」の号。
円山派・幸野楳嶺の画塾「大成義会」に入る。
『春渓群猿図』『秋渓群鹿図』の連作を第3回内国勧業博覧会で入選。「玉堂」に改号。
23歳の時に上京、橋本雅邦に師事。
岡倉覚三(天心)、雅邦、横山大観らの創立した日本美術院には当初より参加。
私塾「長流画塾」を主宰。
第1回文展の審査員に任命、東京美術学校日本画科教授、帝室技芸員に任じられ、日本画壇の中心的存在の一人。
フランス政府からレジオンドヌール勲章。ドイツ政府から赤十字第一等名誉章。
昭和15年、日本政府から文化勲章。
青梅市に疎開し、住居を「偶庵」、画室を「随軒」と称す。戦後もそのまま定住。
日本の四季の山河と、そこで生きる人間や動物の姿を美しい墨線と彩色で描くことを得意とした。
玉堂のもとには、長野草風、池田輝方、池田蕉園、松本姿水、山内多門、高橋玉淵、今中素友、田中針水、石渡風古ら多くの門人がいた。


          


*************************************************************


 中島千波 「般若院の枝垂れ桜」 20号 リトグラフ 67/200
        
  絵寸法 72.8cm×58.0cm 額寸法 95.3cm×80.8cm

昭和20年(1945)、疎開先の長野県小布施に生まれる。
父は日本画家 中島清之。昭和46年東京芸術大学大学院卒業。
在学中に院展初入選、以後受賞を重ねる。
人間を題材とした「衆生」「形態」などのシリーズのほか、桜をはじめとする花鳥画など多彩な
画題に取り組み、日本画であり続けながら伝統に安住せず、常に新しい時代の表現を求めて独創的
な美の世界を謳い続けている。
現在、東京藝術大学名誉教授。日本美術家連盟常任理事。

        



 中島千波 「京錦椿」 10号 シルクスクリーン 34/200
 
  絵寸法 53.0cm×40.0cm  額寸法 77.5cm×66.0cm

        

*************************************************************


 岩波昭彦「夢殿」 6号 岩彩
            
1966年 長野県茅野市生まれ
1989年 多摩美術大学絵画科日本画専攻(加山又造クラス)卒業
1991年 産経新聞社東京本社入社、美術記者会会員となる
      日本美術院再興第76回院展 [東京都美術館他] 初入選
      (’12年奨励賞受賞、以後18回入選)
1993年 松尾敏男先生に師事
      紺綬褒章を受章(同’07、’08年)
      産経新聞夕刊フジ連載小説「平民宰相 原敬の覚悟」佐高信著の挿絵担当
      (以降’13年まで夕刊フジ及び北國新聞夕刊の連載小説挿絵担当)
2010年 特別展 光 ~歌会始御題によせて~ [式年遷宮記念 神宮美術館、伊勢・三重]
      新収蔵品展-岩波昭彦三つの世界 [愛媛県美術館、松山・愛媛]
2014年 「平成・諏訪大社 三題」11月に諏訪大社へ奉納
2015年 第70回春の院展奨励賞受賞 [東京他]
2016年 個展「タケミカヅチ 岩波昭彦展」 [アートフェア東京/東京国際フォーラム]
      英国ブランド「DAKS」のジャケットデザイン原画を手掛ける [日本橋三越本店]
 現 在  日本美術院特待
– 主な収蔵先 –〈日本〉 上野の森美術館、愛媛県美術館、愛媛大学、外務省、金谷美術館、
キヤノン電子株式会社、慶應義塾大学、諏訪市立信州風樹文庫、北澤美術館、慈雲寺、瑞巌寺、
諏訪市美術館、諏訪大社、知足美術館、茅野市美術館、株式会社電通、原敬記念館

   画寸法  31.5cm×40.5cm   額寸法  52.2cm×61.2cm

      


*************************************************************

   岡 信孝 『大和に咲く』 12号 岩彩

昭和7年(1932)、神奈川県生まれ。
日本画家であった祖父・川端龍子の薫陶を受け、龍子の主催した青龍社で着実に画家の道を歩む。
昭和36年、青龍社・社人となる。
昭和41年、龍子の没後、その遺言により無所属で活動を続け、芸術家としての精神面での充実を旨として制作にあたっている。
祖父龍子は豪放な作風の反面、繊細でのびやかな明るい花鳥画をよく描いたが、その資質をよく受け継いでいる。
近年は日本画本来の生き方として掛け軸、彩墨画にも注力し、新しい境地を開拓。
日本画壇の指導者として活躍している。
善光寺大本願天井画、増上寺光摂殿襖絵及び天井画を制作。
大英博物館に神楽面80点を寄贈し、特別展を開催。

 絵寸法 60.6cm×45.5cm  額寸法 84.1cm×69.0cm

      


*************************************************************


 清水 多嘉示 「コスチュームの娘」 ブロンズ 1930年(33歳作)
            
 明治30年(1897)~昭和56年(1981) 84歳没。原村出身。
1915年旧制諏訪中学中退、若くして画才を発揮、当初は画家を志し、風景や人物を重厚な色彩とタッチで描く。
二科展に入選、渡仏するまで毎回入選。
23年絵画を学ぶためパリに渡り、「サロン・デ・テュイルリー」でオーギュスト・ロダンの高弟、アントワーヌ
・ブールデルの作品と出会い感銘を受け、彫刻家を志した。
E・ブールデルに師事。サロン・ドートンヌへ絵画、彫刻を出品、27年まで毎回入選。
アルベルト・ジャコメッティ、藤田嗣治、イサム・ノグチ、小山敬三らと交遊。28年帰国、29年帝国美術学校助教授。
ブロンズ彫刻で、院展、国画会の国展、春陽会展、サンパウロ・ビエンナーレ国際現代美術展などに出品。43年新文展審査員。
生命感にあふれるブロンズ像で高い評価、戦後は日展に出品、48年武蔵野美術学校教授、日展
審査員、50年日展運営会参事、
53年芸術選奨文部大臣賞受賞、54年「青年像」で日本芸術院賞、58年日展評議員、65年日本芸術院会員、日展理事、
69年には武蔵野美術学園初代学園長に就任、勲三等瑞宝章受章、日展常務理事、71年東京国立近代美術館評議員、73年日展顧問、
80年には文化功労者。
      高さ 29.0cm(台座 3.0cm)

          


*************************************************************

   中川紀元 『穂高連峰夕陽』 8号 油彩

絵寸法 45.4cm×37.9cm  額寸法 63.0cm×55.1cm   1969年(78歳作)

明治25年(1892)~昭和47年(1972) 81歳没。
辰野町生まれ。本名は紀元次。
東京美術学校彫塑科。石井柏亭、正宗得三郎、マチスに師事。
二紀会結成。第一回長野県展審査員。日本芸術院恩賜賞受賞。
辰野町名誉町民。

      



 中川紀元 「 花 」 4号 油彩
 
絵寸法 33.2cm×23.1cm  額寸法 53.7cm×44.9cm   1950年(58歳作)

    



 中川紀元 「伊豆の海」 4号 油彩
 
絵寸法 33.3cm×24.1cm  額寸法 53.5cm×44.5cm   1939年(47歳作)

      



*************************************************************

   小山 硬 『春雪冨士』 10号 岩彩

昭和9年(1934)、熊本出身。
前田青邨に師事。
昭和36年 東京芸術大学日本画科卒業、初入選
昭和38年 東京芸術大学専攻科修了
昭和46年 日本美術院賞(大観賞)受賞
昭和52年 海外研修員として滞欧
昭和53年 日本美術院賞(大観賞)受賞
昭和54年 同人推挙
昭和56年 文部大臣賞受賞
昭和63年 内閣総理大臣賞受賞
山種美術館賞展、シェル美術賞展、現代美術選抜展などへの出品・受賞歴も有する。
愛知県立芸術大学名誉教授。
日本美術院同人。
   絵寸法 53.1cm×41.2cm  額寸法 73.5cm×61.8cm

      



*************************************************************

   中村董斉(七十郎) 『蝦蟇仙人』 木彫  大正7年(1918)39歳作

      高さ 48.5cm   幅 21.0cm

明治12年(1879)~昭和36年(1961) 84歳没
上伊那郡朝日村(現辰野町)に生れる。本名は七十郎。
祖父清之丞に立川流の建築・彫刻を学ぶ。中村七十の父。
祖父とともに数多くの建物を建て、自らも棟梁として腕を振るう。木彫を井出嘉仙に学んでからは、木彫に専念。
欄間や衝立の浮彫りにも優れた作品が多い。
『蝦蟇仙人』
中国の仙人。青蛙神を従えて妖術を使うとされる。
左慈に仙術を教わった三国時代の呉の葛玄、もしくは呂洞賓に仙術を教わった五代十国時代後梁の劉海蟾をモデル。
特に後者は日本でも画題として有名であり、顔輝『蝦蟇鉄拐図』の影響で李鉄拐(鉄拐仙人)と対の形で描かれる事が多い。
しかし、両者を一緒に描く典拠は明らかでなく、李鉄拐は八仙に選ばれているが、蝦蟇仙人は八仙に選ばれておらず、中国ではマイナーな仙人である。
一方、日本において蝦蟇仙人は仙人の中でも特に人気があり、絵画、装飾品、歌舞伎・浄瑠璃など様々な形で多くの人々に描かれている。

          

*************************************************************

   中村 善策 『八ヶ岳』 20号 油彩

明治34年(1901)~昭和58年(1983) 81歳歿。
北海道小樽市生まれ。本名は善作。小樽洋画研究所入所。太地社結成に参加。川端画学校。北海道美術協会展創立会員。
二科展特待受賞。一水会会員、昭和洋画奨励賞を受賞。第4回新文展無鑑査。昭和20年、明科町に疎開。
昭和25年、東京都新宿区上落合に転居。文部省・東京国立近代美術館・日本芸術院買い上げ。
勲四等旭日小綬章を受章。日展参事となる。小樽市分庁舎を改装して「中村善策記念ホール」が開設。
    絵寸法 73.0cm×60.8cm  額寸法 96.0cm×84.0cm

      

*************************************************************

   滝沢具幸 『 原 野 』 40号 岩彩

         絵寸法 100.0cm×80.3cm   額寸法 123.0cm×103.0cm

昭和16年(1941) 飯田市生まれ。
東京芸術大学大学院修了。
第23回新制作協会日本画部新作家賞。
第1回創画展創画会賞。
第1回東京春季創画展春季展賞。
第3回東京春季創画展春季展賞。創画会会員。
第17回MOA美術館岡田茂吉賞。
第8回山種美術館賞展優秀賞。
飯田美術博物館館長歴任。武蔵美教授。


        


   滝沢具幸 『水のある風景』 15号 岩彩

         絵寸法 65.2cm×53.2cm   額寸法 80.7cm×68.4cm

    


*************************************************************

   平岩洋彦 


昭和19年(1944) 飯田市生まれ。
東京藝術大学大学院を修了後、法隆寺金堂壁画の再現模写に従事しその後、創画展や新制作展などに出品を続ける。
昭和53年には文化庁派遣芸術家在外研修員としてイタリア・フィレンツェに滞在し、西洋美術の影響を受けました。
彼の作品は、四季折々の自然を繊細な筆致で描き、詩情豊かな風景画が特徴です。


   平岩洋彦 『 秋 装 』 3号 岩彩

         絵寸法 21.8cm×27.0cm   額寸法 42.7cm×47.7cm

      


   平岩洋彦 『望残雪』 3号 岩彩

         絵寸法 30.1cm×17.0cm   額寸法 49.4cm×36.3cm

      


   平岩洋彦 『山麓彩雪』 10号 岩彩

         絵寸法 41.0cm×53.1cm   額寸法 62.5cm×74.8cm

        

*************************************************************

   佐々木 裕而


昭和26年(1951)~令和5年(2023)71歳没。
北海道出身。安宅賞受賞(芸大学内賞)・東京芸術大学大学院専攻終了。
グループ展、双美会展・行人社展に出品(以後毎回)。
新宿住友ビルミニチュア日本画大賞展・住友ビル賞受賞。
東京セントラル美術館日本画大賞展出品。東京資生堂ギャラリーで個展。
高島屋日本橋店で個展。東京セントラル美術館日本画大賞展招待出品。
栗田美術館で個展。増上寺天井画制作。
日本経済新聞ファミリーカレンダー原画。
ロシア日本の美展。東日本大震災復興チャリティー・アート展。

  『早暁凍蹊 』 30号 岩彩

      2005年 日本橋三越本店個展 出展作品(NO.4)

      絵寸法 90.3cm×60.5cm  額寸法 112.8cm×82.6cm

      


*************************************************************

 河越 虎之進 『 』油彩
              


明治24年(1891)~平成元年(1989) 98歳歿
南安曇郡梓村花見(現松本市)に代々続く庄屋の長男として生まれる。
松本中学校(現松本深志高校)に入学。美術教師武井真澄と出会い、東京美術学校に学び、
黒田清輝、藤島武二、和田英作、岡田三郎助などの教えを受ける。
この明治の新進たちがもたらした外光主義は、その手堅く伝統的な手法とともに、虎之進
の長い制作活動の基軸となる。
大正10年、再婚、小田原にアトリエを構える。
昭和2年、第8回帝展に入選、翌年の帝展への連続入選、数々の展覧会に入選し、意欲的
な制作を続け新進作家として注目を集める。
昭和6年、重度の右足関節炎を発病、歩行を失い病臥生活を送る。
昭和7年頃より得た教師の職を失う。娘の死・母の死と相次ぐ肉親との別れ。
心はいつしか若き日に去った故郷の山々に向けられていった。
主治医に湯治をすすめられたのをきっかけに信州「崖の湯」に家族共々疎開。
自ら設計した住まい「丘隅庵」を建てる。
歩行を取り戻し堰を切ったように気迫のこもる作品を生み出す。
自然と対峙しながら自らをそのなかに同化させ、「あるがままに描く」を実践。
中信美術会・日本山岳画協会など生涯を通じてかかわる。友人たちの誘いを断り、中央画壇
に復帰すること無かった。



*************************************************************

 真道 茂
              
昭和12年(1937)~平成30年(2018) 81歳没
上田市に生まれ。石井鶴三のもと東京藝術大学で彫刻を学び、卒業制作の《飢え》は文部省買上となり、学部を首席で卒業、同大大学院修士課程を修了。
昭和45年のリンダブルン国際彫刻シンポジウムをはじめ、海外での彫刻シンポジウムへ積極的に参加し、国内外で活躍。
また、彫刻作品の制作と合わせて絵画作品の制作にも意欲を注ぎ、平成2年には東京セントラルアネックスにて絵画作品のみの個展も開催。
晩年は諏訪市に居を移し、アトリエで多くの作品を制作。


  

 真道 茂 「 女 性 」 レリーフ

      

*************************************************************


   池上秀畝作品
      

明治7年(1874)~昭和19年(1944)70歳歿
伊那市高遠に紙商兼小間物屋の次男として生れる。本名は國三郎。
祖父池上休柳は、高遠藩・御用絵師に狩野派を学び、慶応2年には自らの画論『松柳問答』を刊行。
父池上秀華も、岡本豊彦から四条派を学び、祖父と同様、俳句や短歌を詠み、茶道や華道に凝る。
秀畝が口述筆記させた自伝では、生まれた時からこのような環境だったので、絵の描き方を自然に覚えたと語っている。
明治21年頃には、自ら「國山」の号を用いる。明治22年、15歳で小学校を卒業後、父と共に上京。
瀧和亭、川辺御楯を訪ねるが父は気に入らず、当時無名だった荒木寛畝の最初の門人・内弟子となり文人画を学ぶ。
一時は洋画も研究する。明治39年、同じ門下生の大岡豊子(緑畝)と結婚。
明治40年正派同志会第1回展で二等銀牌、翌年の文展で初入選。
3年連続で文展特選。大正8年、帝展で無鑑査。昭和8年、帝展審査員。伝神洞画塾を主宰し後進の指導に尽力。
晩年になっても力作を次々と発表。
昭和25年、伊那公園に、池上家三代の絵師を顕彰する『画人三代碑』が建てられた。



池上秀畝 『図』 半切 紙本

   

*************************************************************

中島章光(陵堂) 『桜花美人図』 縦額 絹本


慶応元年(1865)~昭和21年(1946) 82歳歿
静岡県生まれ。別号は陵堂。
京絵専で共に学んだ華岳・麦僊らと国画創作協会を設立し活躍。
伊那や高島小学校などで教師。
作品は東京・大阪に多く所蔵。



中島章光 『釈迦出山図』 尺五寸 絹本

絵寸法 41.5cm×115.5cm  軸寸法 58.0cm×193.3cm

        


*************************************************************


林 宗蘊 『大日如来図』10号 絹本

 絵寸法 41.0cm×53.0cm  額寸法 63.0cm×75.1cm

明治32年(1899)~昭和42年(1967) 69歳歿
諏訪市豊田生まれ。本名は久雄。
中島章光(陵堂)・矢澤弦月・小谷津任牛に師事。
信濃美術会会員。白龍会員・日府展理事。
仏画を得意とする。

    



林 宗蘊 『文殊菩薩図』 尺五寸 絹本

絵寸法 41.1cm×107.0cm  軸寸法 56.7m×186.3cm

        


*************************************************************


江崎孝坪 『晴日』 二尺二寸横物 紙本 共箱

     絵寸法 65.3cm×53.7cm  軸寸法 81.2cm×158.0cm

明治37年(1904)~昭和38年(1963) 71歳歿
上伊那郡高遠町(現・伊那市)出身。本名は孝平。歴史人物画を得意とした。
呉服商で図案を描いて生計を立て、日本画家の蔦谷龍岬に大和絵を学んだ。
昭和2年、第8回帝展で「晩秋」が初入選。
昭和8年に龍岬が死去後、前田青邨に師事。
昭和15年に大礼記念京都美術館で開催された日本画大展覧会では、「雲と防人」が大毎・東日賞を受賞。
昭和16年の第4回新文展では「撃て」が特選。
昭和22年の第3回日展では「像造」が特選。
戦後には大仏次郎著『乞食大将』、吉川英治著『太閤記』、井上靖著『風と雲と砦』『真田軍記』『風林火山』に挿絵を描いたり、
黒澤明監督の映画『七人の侍』で衣装考証を担当したり、歌舞伎「新忠臣蔵」で舞台装置を製作するなど、芸術界で幅広く活躍した。
『七人の侍』では第29回アカデミー賞で衣裳デザイン賞にノミネートされている。
高遠にある菩提寺の建福寺へ、昭和25年に第6回日展に出品した『薬師』を寄贈。


 


*************************************************************
COMMENT
NAME
TITLE
MAIL
URL
COMMENT
PASSWORD :
───────────
コメント編集時に使用
 
      NEXT
72 71 70 69 67 66
カレンダー
05 2026/06 07
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
カテゴリー
フリーエリア
最新コメント
最新トラックバック
プロフィール
HN:
No Name Ninja
性別:
非公開
バーコード
ブログ内検索
カウンター
 
"No Name Ninja" WROTE ALL ARTICLES.
PRODUCED BY SHINOBI.JP
SAMURAI FACTORY INC.